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2015年4月13日
投稿者 : 
2ndlife
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今日の辞典

可否茶館

明治16年、「鹿鳴館」が社交クラブとして建てられ、いわゆる「鹿鳴館時代」が始まりました。

その翌年には、鹿鳴館婦人慈善会のバザーが開かれ、茶・コーヒー・レモネードなどがふるまわれ、大変な人気を博したそうです。

しかし、欧米化していく生活に批判的な人々も少なくありませんでした。

鹿鳴館から遅れること5年、明治21年4月13日、東京に日本最初の本格的コーヒー店として誕生したのが「可否茶館」でした。

海外渡航経験もあり、誰もが自由に気楽に交流できる場としてのコーヒーハウスをアメリカで実際に目にしてきてた、創始者である鄭永慶は、「庶民の共通のサロン・知識の広場」をお店の理念としていました。

当初は学校をはじめるか、喫茶店をはじめるかで迷っていたそうですが、完成した喫茶店は、洋館2階建て、ビリヤード・トランプ・クリケット・碁・将棋と遊具をそろえたばかりか、更衣室・化粧室・シャワーまで完備していました。

さらに、硯に筆・便箋と封筒も常備してあり、知識を得られる教育的な設備として、国内外の新聞・雑誌を、図書館を目指して各種の書籍・書画を閲覧できるようにまでなっており、単に珈琲を売って利益を得るためだけの店ではなかったようです。

残念ながら、色々な事情により数年で閉店となりましたが、後にその名前を受け継いだ喫茶店が誕生しており、現在でも営業を続けています。

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