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2015年4月11日
投稿者 : 
2ndlife
カテゴリー : 
今日の辞典

江戸城開城

1868年4月11日、幕府の勝海舟と新政府の西郷隆盛の間で行われた和平交渉の結果、江戸城は開城され新政府軍に明け渡されました。

先の鳥羽・伏見の戦いで敗れた徳川家の徳川慶喜は上野の寛永寺に謹慎して恭順の意を示していましたが、これに納得しない旧幕府勢力の一部は江戸城に立て籠もりました。

新政府による江戸城総攻撃は3月15日と予定されていましたが、勝の「公のために」という必死の説得に新政府も応じていましたが、江戸城総攻撃を間近に迎えた西郷は、イギリス公使のパークスに、総攻撃による負傷者を横浜の病院で治療してほしいと使者を派遣して頼んでいました。

イギリスは幕府ではなく薩摩・長州の新政府軍を支援していたため、当然引き受けてくれると見込んでいたのですが、パークスの返答は「徳川慶喜は恭順の意を示しているのではないですか?恭順する者を攻撃するのは国際法に反する行為です。」と意外なものでした。

実際、一部抵抗の意思を見せている幕臣もいましたが、新しい国を造ろうとしている新政府にとって、国際的な批難を浴びるのは避けたいことでもありました。

また、貿易などにより日本市場で大きな利益をあげているイギリスにとって、内戦の拡大は好ましくないことでもあったようです。

いずれにせよ、イギリスが江戸城総攻撃を支持しなかったことが、無血開城に一役買ったことは間違いないようです。

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